元場長さん日記ー無職編ー

元場長さんでした。無職の日々を綴っていきます。

泣いて馬謖を斬る

君が!泣くまで!馬謖を!斬る!

ジョジョ好きです。

5部、6部、4部、7部

くらいの順で好きです。2部も捨てがたい。

 

はい!

こんなこと言いたいんじゃない!

 

この故事成語、「泣いて馬謖を斬る」は何を隠そう、三国志の逸話から来ています。

 

絡んでいるのは「諸葛亮孔明」「馬謖」ですね

王平」もちょい役です。

もちろんざっくりしか覚えてないです。

 

背景

これは蜀が北伐を開始した最初の方ですかね。

 

蜀のざっくりした歴史はこちら

北伐はざっくり3だったはず

 

saburoburo.hatenablog.com

 

蜀って首都は成都。そこに都があるので、民も兵士も、将軍たちだってそこで暮らしてます。北伐は、その成都から北へ行軍して、領地を奪ってやる!ってことです。

「北」の「討伐」ですね

 

北伐の際に重要な拠点となる「街亭」を奪いたいと、諸葛亮は考えていました。

 

中華は広いので、成都から行軍するのにも、途中で補給地が必要です。

魏の首都は「許昌」(もっと北)なので、ここを攻めるのが最終目的なのですが、その途中にある「街亭」を奪い、北伐の拠点にしたいと考えました。

 

北海道攻略するのに、青森奪おうぜって感じです。

 

よっしゃ!

誰に行かすか

 

馬謖「行きたいです!」

諸葛亮「いや、君若いやん。実践ゼロやん」

馬謖「違うんです!兵法とか勉強してるんです!それに街亭くらい落とせないと、私はずっと雑魚です!チャンスください!」

 

諸葛亮(うーん、馬良の弟馬謖。結構頭いいし、馬良も頭いいし、自分も馬謖好きやから、初陣として行かせてみるか)

 

諸葛亮「いいよー

でも、経験のある王平連れて行ってね

王平馬謖にアドバイスしたってや」

 

王平「はーい」

馬謖「やったね!」

 

こうして馬謖王平は街亭に赴きました。

 

~街亭ついたよ~

 

馬謖「良い山あるやん。高いとこいればかなり優位やろ敵の位置も知れるし」

王平「いや、山頂やん。水とかどうするん。川はもっと下流やし、大軍やから食料はすぐ尽きるよ」

馬謖「るっさいわボケェ!!指示に従えやコラぁ!!」

王平ぐぬぬ

 

~魏軍来たよ~

魏軍「えっ…バカなん…?わざわざ川に水汲みに行ってるやん…

えっ…川にうちの軍置いたら一発やん」

 

蜀軍「馬謖様、魏軍が来ました」

馬謖「よっしゃ!一気に降りて蹴散らしたれ!」

 

魏軍「火」

 

馬謖ぐぬぬ

 

街亭は食料補給とかに重要な、かなりの要地でした。

これを取るために、周囲の土地を固めたりしていたのですが、街亭を取ることであてにしていた、水、食料の補給が見込めなくなりました。

水、食料の補給がなくなっては、周囲の土地も守り切れません。

 

蜀軍は急遽、街亭以外の土地からも撤退することに

魏軍は要地もとり、撤退していく蜀軍を襲うだけなので、勢いもありました。

 

街亭を取り逃したことで、これまでの下積みしてきた作戦も水の泡になってしまいました。

 

成都だよ~

諸葛亮「お前コラぁ!!何やっとんじゃボケェ!!王平何やっとんじゃ!!」

 

王平「いや、馬謖が勝手に山頂に陣取ってですね」

 

諸葛亮「マジかお前コラぁ!!!」

 

馬謖「いや、兵法にも高所は有利とあってですね」

 

諸葛亮「るっさいわボケ!コラぁ!

お前死刑やわ、示しがつかんわボケェ!!」

 

馬謖「覚悟の上です…ありがとうございました…」

 

諸葛亮馬謖をかなり買っていたんですが、規律の乱れは軍の乱れを引き起こすことをよく知っていました。

馬謖を殺したくない気持ちはもちろんあり、そもそも馬謖に街亭の任を与えたのは諸葛亮です。

諸葛亮は泣きながら馬謖の首を討ちました。

 

その後、馬謖の一族は諸葛亮によって手厚く保護されます。

 

諸葛亮馬謖の首を討った後、丞相(総理大臣みたいのじゃね?)の職を辞退しました。

 

 

まとめ

私情よりも、規律を重んじる

という時に使う慣用句だと思っています。

 

若くて功を焦った馬謖

馬謖に期待しながらも、規律を守る立場の諸葛亮

 

どちらの気持ちも分かります。

三国志はヒューマンドラマなのかもしれないですね

 

おわりー